連載ビジネス人物学「深智録」

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【最近の深智録】

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深智録 第172回「倫理観を無視する資本主義は持続不可能である(その三)」

「ワールドコムの経営破綻」

 ワールドコム(Worldcom)は、アメリカ合衆国にあった大手電気通信事業者です。2002年7月21日にニューヨーク連邦倒産裁判所に対して、連邦倒産法第11章(日本の会社更生法に相当する)適用を申請しました。負債総額は410億ドル(約4兆7000億円)、資産総額は連結ベースで1070億ドル(約12兆4000億円)にのぼり、2001年12月2日に破綻したエンロンを大きく超え、2008年に経営破綻した投資銀行リーマン・ブラザーズに抜かれるまで、アメリカ合衆国史上最大の経営破綻でした。

 1983年バーニー・エバーズにより、ワールドコムの前身となるLDDS(Long Distance Discount Service)社が創設されます。1993年にメトロメディア社を買収し、準大手の長距離電話会社となりました。さらに、1994年に国際通信会社であるIDBワールドコムを買収し、社名をワールドコムとします。その後もM&Aを繰り返し行い急成長し、後に6万人以上の従業員と、世界65ヶ国で事業を展開するアメリカ有数の大企業へと成長しました。

CEOのエバーズは、ワールドコム株の上昇で巨万の富を得ていました。しかし、1998年のMCI獲得の直後から、ITバブル崩壊によりアメリカにおける通信産業は下降に入っていきます。また、スプリントとの合併は「独占禁止法違反の疑いがある」とのことでアメリカ合衆国司法省の認可を得られず、2000年7月に両社は合併の白紙撤回を余儀なくされ、ワールドコムの成長戦略は重大な打撃を受けました。2001年、エバーズは自身に社内融資を提供するようワールドコムの取締役会に諮り、証拠金請求をカバーするため4億ドル以上を保証しましたが、結果的にこの戦略は失敗に終わりました。エバーズは2002年4月にCEOの座から追われます。

この間、1999年から2002年5月にかけて、ワールドコムは自社株の価格を下支えするため、自社の成長性と収益性を良く見せかけ、劣化していた財務状況を隠蔽する粉飾会計を行っていました。ワールドコムの内部監査部門は定例の支出検査の過程において、2002年6月、およそ38億ドルの粉飾を発見し、アーサー・アンダーセンに代わって新任の監査法人となっていたKPMGに注意を促しました。その後、間もなくして、ワールドコムの検査委員会および経営陣に粉飾会計が報告され、責任者の厳正な処罰が行われました。また、証券取引委員会 (SEC) も2002年6月26日に調査に乗り出しました。そして2003年には、会社の総資産がおよそ110億ドル過大計上されていたことが明らかになりました。

「株価を下支えする収益の粉飾、総資産の過大計上」

 1998年頃からのITバブル崩壊で、通信産業が下降に入った状況の中、ワールドコムは株価下支えのために収益の粉飾を行うようになります。CEOのバーニー・エバーズがその座を追放された2002年4月以降、急速度に粉飾会計の実態が表に出て、最早、どうにもならない経理の実情を理解した経営陣は、連邦倒産法の適用を申請して、ワールドコムは巨大経営の幕を閉じます。6万人を擁する大企業は、合併、合併で力を増大させた反面、経営戦略、成長戦略などで躓くと、たちどころに、その牙城は音を立てて崩壊するという教訓です。

2023年2月28日

共創日本ビジネスフォーラム研究所

 

 

深智録 第171回「倫理観を無視する資本主義は持続不可能である(その二)」

「有名な会計事務所も粉飾決算に加担する」

 エンロンは、取引損失を連結決算対象外の子会社(特別目的事業体: Special Purpose Entity, SPEと省略されるシャドー・バンキング・システム)に付け替えて簿外債務とすることを積極的に行いました。会計を全米有数の会計事務所であったアーサー・アンダーセンが担当していたために、決算における市場の信頼は厚かったのですが、実際にはアーサー・アンダーセンならびに顧問法律事務所も、数々の違法プロジェクトの遂行や粉飾決算に加担していたのです

1999年に設置した「エンロン・オンライン」においては、電力だけでなく、元々エンロンのフィールドであったガス・石油をはじめ、石炭アルミニウムパルプ、プラスチック、果ては信用リスク天候、ネットワーク帯域幅、排ガス排出権に至るまで、あらゆる商品の市場をインターネット上に開設し、そのすべてでエンロン自体が売り手・買い手として取引を行いました。 このエンロン・オンラインのアイデアとシステムは、稼働当時はもちろん、エンロン破綻後も高く評価されていました。しかし、ビジネスモデル手数料ビジネスではなく自ら売買を行うトレーディングであったにもかかわらず、これまで経験のない商品の市場に積極的に乗り出していったために、もともとその市場にいたプレーヤーにいいように利用された面があり、エンロン・オンラインの急激に拡大していった売上・利益は、実際には、帳簿上のものにすぎませんでした。それにもかかわらず、折からのアメリカにおけるITバブルの波にも乗り、1990年代後半にはエンロンは革新的で、なおかつ安定した成長を続ける超優良企業としての名声を確立していきました。 しかし、エンロン・オンラインの名声は帳簿上で、踊っていただけの虚飾のビジネスであったと言わざるを得ません。

「エンロンの終焉」

カリフォルニア電力危機で、経理上は大きな利益を上げたものの、この危機で2001年2月にパシフィック・ガス&エレクトリック社が倒産したため、実際には同社に対する数億ドルにも上る債権が回収不能となりました。2001年夏には、インド・ダボール発電所、アズリックス(水道事業)など、海外での十億ドル単位の大規模事業の失敗などが明るみに出始め、株価もゆるやかに下落を始めました。

2001年10月17日、ウォールストリート・ジャーナルがエンロンの不正会計疑惑を報じ、株価はこの日から急落します。証券取引委員会(SEC)の調査も始まりました。数々の不正経理が明るみに出るに及んで、ついには、12月2日にエンロンは倒産に至ります。2002年2月のニューヨーク・タイムズワシントン・ポストなどの報道によると、このときすでにアメリカ合衆国議会が、エンロンとウォール街の調査を始めており、メリルリンチシティグループJPモルガン・チェースの三行が、エンロンの財務状態を知っていたことを明らかにし、情報の非対称性が露見して、情報弱者(お客)を欺く金融資本主義の手口が、あらためて注目されることとなりました。持続可能な資本主義を構築する倫理的な努力なくしては、やがて、資本主義も大々的に見直さなければならない事態となることでしょう。

2023年2月21日

共創日本ビジネスフォーラム研究所

 

 

深智録 第170回「倫理観を無視する資本主義は持続不可能である(その一)」

「エンロンショック」

 「エンロン」「ワールドコム」「リーマン・ブラザーズ」と並べて思い起こすのは、いずれもアメリカの大企業であったということであり、さらには、巨額の負債と倒産という企業惨劇の立役者となったという事実です。時期的には、1990年代から2000年代の約20年間において発生した企業不祥事であり、政権で言えば、クリントン(民主党)、ブッシュ(共和党)の時代に当たり、民主党、共和党に限らずに起きた大企業の倒産と言えます。

 エンロン(Enron Corporation)は、かつてアメリカのテキサス州ヒューストンに存在した総合エネルギー取引とITビジネスを行っていた企業です。2000年度、年間売上高1,110億ドル(全米7位)、2001年の社員数21,000名という全米でも有数の大企業でした。

 しかし、2001年6月、エンロンが参加していたインドのダボール電力が閉鎖となり、そこへ巨額の不正経理、不正取引による粉飾決算が明るみに出て、エンロンは2001年12月に破綻しました(エンロンショック)。

 エネルギー業界の粉飾としては、世界恐慌(1929~1930年代後半)で崩壊したサミュエル・インサル(1859-1938)の金融帝国と並ぶ規模です。破綻時の負債総額は少なくとも310億ドル、簿外債務を含めると400億ドルを超えていたとも言われています。2002年7月のワールドコム破綻までは、アメリカ史上最大の企業破綻でした。

 ガス業界の規制緩和と業界再編が進む中で、1985年にインターノースがヒューストン・ナチュラルガスと合併してエンロンが誕生します。本社はヒューストン・ナチュラルガスの本拠地であったヒューストンに置かれ、そのCEOであったケネス・レイが合併会社のCEOに就任し、2001年の破綻に至るまで実権を握りました。CEOのケネス・レイは、ガス取引に積極的にデリバティブを取り入れ、企業規模を拡大していきます。その中で、粉飾会計にも手を染めて、90年代に入ると、時価主義会計を悪用し、見かけ上の利益を増大させていきました。インサイダー取引も、80年代ごろから行われていたことが判明しています。 1990年代後半には、デリバティブで電力価格がわかりにくくなっているのを利用して、同じ電力に対して同量の売りと買いを発生させて実質の取引量がゼロであるにも関わらず売上を上げる取引も積極的に取り入れています。このような循環取引や空売りなどによる売上・利益確保は2000年のカリフォルニア電力危機においても積極的に行われたため、カリフォルニア電力の危機の原因の一つともなりました。1998年には利益に占めるデリバティブ比率は何と8割を越えていました。 まさに金融ゲームです。

「貪欲な収益至上主義は必ず行き詰る」

 収益のみが頭にこびりつくと、手段を厭わないようになり、悪魔の誘惑に引っ掛かります。エンロンにはその要素が、粉飾会計、インサイダー取引、デリバティブへの過度の依存、循環取引、空売りなどのように、多く不正の見られる企業行為があり、エンロン企業陣の罪意識の欠如が顕著となって、ついには、破滅を呼び込む結末に至ります。エンロンは、2001年12月2日、連邦倒産法第11章適用を申請し、倒産しました。

2023年2月14日

共創日本ビジネスフォーラム研究所

 

 

深智録 第169回「マルクス・ガブリエル(四):カント、ヘーゲルの復活」

「倫理アドバイザーの必要性」

 マルクス・ガブリエルは、ヘーゲルなどのドイツ古典哲学(ドイツ観念論)を復活させていると見ることができますが、カントの考えにも言及しており、興味深い洞察を行います。

 倫理資本主義という考え方は、エマニュエル・カントに由来している側面を持っていると言います。「カントは『司法制度の機能は道徳的構造によって推進されるべきだ』と論じていますが、カントによれば、たとえ悪魔であっても法律さえ守っていればいい。同じように企業がSDGsに従って利益を得ているのなら、SDGsに従わない企業より、はるかに良いと思います」と述べています。

さらに「10年後の世界において、フェイスブックは全く重要視されないと予想していますが、もし同社が今後、自由や人道の解放に貢献するなら、持続可能な企業になるでしょう。10年スパンの短期的な急成長ではなく、数十年生き残る会社を目指すなら、確実に持続可能性が必要です。そして可能か否かは、倫理的に善い行いをするかどうかで決まる。倫理的に善い行いが結果的に利益を生み出すことを理解する必要があるでしょう。」と断言します。

持続的可能性を見極めるために何をすればよいか。会社の中に「倫理チーム」を作ればよいと、マルクス・ガブリエルは提言します。そして、どの会社にも税理士がいるのに、倫理学者や哲学者がいないのは完全に間違いであるとまで言い切るのです。実際、マルクス・ガブリエルは、倫理エキスパートであり、巨大IT企業や複数の会社で倫理アドバイザーを務めています。倫理アドバイザーはどのような仕事をしているのか。

「倫理アドバイザーの目的は利益を上げること。倫理と経済学は相反するものではありませんし、もしそのような考えがあるとすれば、それは悪しき理論による作り話です。倫理アドバイザーの仕事は、社内のチームに参加して、会社がどのように事業を行っているのか、それを注視することです。」というのが、マルクス・ガブリエルの答えです。

「根本的な視点から企業のあり方を問い直す時代」

 マルクス・ガブリエルが、ここまで倫理道徳を強調する背景は、明らかに経済的利益が上がれば、倫理などはどうでもよいとする現在の企業風土が少なからずあるという現実を見ているからであり、そういう企業は決して長続きしない、持続可能性を持たないだろうと、苦言を呈しているわけです。世界的に広がる企業の倫理崩壊現象に釘を刺した格好です。

 つまり、マルクス・ガブリエルは、「倫理的に善い行いをするかどうか」が企業の運命を決めるだろうと言っているわけであり、倫理アドバイザーという考えも、そこから出てきているのです。これを、真面目に受け止めるか、そんなこと言ったって、と受け流すかは、人それぞれですが、傾聴すべき忠告であると考えます。

 現代社会は、非常に本質的なところから物を考える人々が増えてきており、皮相的な観点で利益追求を図る人間行為を戒める時代相が出来上がってきていると感じます。それはいいことであり、いつまでも悪がのさばるような社会ではいけないと誰もが感じているはずです。企業の在り方も根本的視点から問い直す時代となっています。

2023年2月7日

共創日本ビジネスフォーラム研究所

 

 

 

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